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世界から弾き出された僕らは――『残響のテロル』

(注:ネタバレを多く含みます)

 ようやく全話観ました。というのも、丁度去年の夏クールって諸事情で観る本数減らしていたんですね。なので、地上波で観れる作品をつい「録画してるし今観なくても」と思ってしまった次第でして。言い訳はこのくらいにしておきます。

 『残響のテロル』ですけど、話の本筋としては実にストレートでアテネ計画に人生を狂わされた子供たち(ナイン、ツエルヴ)が国家に消された自分たちの仲間のことを世間に知らせたかった、ということだと僕は感じています。そこにハイヴという唯一の正当なる生き残りが自らの快楽のために横槍を入れるのですが、それによって最初は敵であった柴崎と共闘関係/ライバルと呼ぶにふさわしい互いを認め合う関係にまで発展しました。

 で、本作の重要なファインダーとなるのが三島リサです。リサの存在によって2人の復讐者が大きく変わっていくのですが、別にリサを気に留めなければ良かったとかそんなことは言う気はありません。

 三島リサという一種の加藤恵――“名前のない怪物”が、2人のパーソナルスペースに侵入した結果、ナインは機械的に自らの意思の遂行の為、ツエルヴは人間的に巻き込んでしまったと自認している人間の救済の為に動くこととなります。順応力が決して高いとは言えないけれど、最後は決断して自分の信じた方向に動いていく。それがリサの良いところであり悪いところです。しかし、そのファインダーに2人が捉えられることが無ければ彼らは最後まで機械的な人間で居続けた。そう考えると、リサが現れて気を留めたことは一種の自救だったのかな、と。

 VONはアイルランド語で希望、とのことですが、そこは『C』のラスト「――未来へ」を彷彿とさせるものがありました。自らの希望を未来に託すため、その託す相手を探していたナインとツエルヴ。その相手の柴崎が自らの前に現れることとツエルヴが狙撃されたことの2つが重なり合い、ナインは退場します。

 この『残響のテロル』は存在しなかった者の悲痛の叫びでもあり、未来への希望でもあったということです。最終的に電気なき日本になりますが、『C』ではドル経済圏になった日本が描かれてましたし、いろいろつながりを感じさせられました。

 

 ……あ、例の90選ですけど、渡辺信一郎監督作品が入っていないというコメントがちらほら見られました。すいません、忘れてました。今度、再協議の上リテイク版を出す予定でいますので、今回のは温かい目でよろしくお願いします。