フィクションを産む才能と努力と葛藤――天津向『芸人ディスティネーション』

 今年に入ってからばたっと本が読めなくなりまして、先月なんて本当に酷かったんです(1月が42冊、2月は6冊)。というのも、某ライトノベルに猛烈にハマりまして、そればかり読み直していたから、という事情があるのですが、他の本に面白さを見出せなくなっていたんですね。そのせいで本がどんどん積まれていきまして、「これは読まねばならぬ」とようやく手を付けたのがこの一冊。お笑いコンビ・天津の一人である天津向さんが執筆した処女作となる『芸人ディスティネーション』です。

 お笑い芸人が小説を書く、ということについてですが僕は別に問題はないと思います。確かに有名人が本を出版するとゴーストライター疑惑が常に纏わりつきますし、たぶんその業界の中にはそのような手段で出版している方/事務所も存在するでしょう。ですが、板倉俊之さん(インパルス)の『トリガー』や、太田光さん(爆笑問題)の『マボロシの鳥』など著者自体の筆力が感じられ、物語自体が面白ければそれでいいんじゃないか、と思います。芸人ではありませんが、加藤シゲアキさん(NEWS)の『閃光スクランブル』も良作でしたし、ただ有名人という色眼鏡で見るのではなく普遍的に一作家として読んだときに面白いか、作品に愛があるかが重要だと感じるのです。そういった意味では本作も天津向さんの愛が感じられます。

 向さんはもともとオタクであることを武器にお笑いをやっている方ですので、ライトノベルという舞台で作品を執筆しても何ら違和感はありませんし、むしろ適地だったという印象を受けました。主人公・鳴雲俊史が芸人志望の女の子・佐雨屋雫と出会ってからの日々を描く小説なんですが、お笑いというフィクション――しかもギャグに特化して、観客を笑わせなければならないという命題のもとに生み出される創作物――に立ち向かう姿を描いた偶像劇としても読むことが可能でして、いろいろ作り込まれています。

 フィクション=ギャグを産むためには才能と努力と葛藤が無ければいけない、と暗に提示するだけではなく、その葛藤――人を笑わせるにはどうしたらいいか?ということと、そのお笑いでいかにご飯を食べるかというシビアなことが天秤にかけられている状態を絶妙に描いている。そういう点では『ハケンアニメ!』や『SHIROBAKO』、『冴えない彼女の育てかた』に通じるものがあります。

 ネタバレになるのでこれ以上内容には踏み込みませんが、お笑いの世界をシビアに描けたのは著者の経験の他にないんですが、この物語を生み出せたのは本当に向さんでなきゃできなかった。それくらい、オススメできる一冊です。

 ……ところでガガガ文庫は『人生』といい芸人とコラボすることがたまにありますが、コラボした作品はもれなく素晴らしいのでもっとやってください。

芸人ディスティネーション (ガガガ文庫)

芸人ディスティネーション (ガガガ文庫)